建築屋のはしくれとして、見ておかなければならないと思い、令和元年12月1日家族と大嘗祭の会場に使われた大嘗宮を見てきました。
その日は天候に恵まれたことと、公開が終わる一週間前の日曜日とあって、朝から大勢の人が訪れていました。

坂下門から皇居・東御苑に入り、宮内庁庁舎前を過ぎた当たりで、面白いものに出会いました。
なんとドアにしっかりと「宮内庁」と書かれた軽トラが止まっていました。
宮内庁にも軽トラがあるとは!思わずシャッターを切りました。
誰がどのようなことに使うのか?興味があります。

昨今で言う「3密」状態の中、歩を進めて行きました。
随所に江戸城の遺構があり、壮観でした。重機の無い時代に、このような石組みをどの様にして作ったのか驚くばかりでした。

ぎゅうぎゅう人混みに押され押されて、会場に近づいてきました。

大嘗宮は天皇陛下が儀式を行われた悠紀殿(ゆきでん)、主基殿(すきでん)を中心に大小三十余りの建物で構成されているそうです。

建物内には立ち入れず、柴垣で囲われた主要な社殿を周囲から見る形でした。

近づくに連れて見えてくるのは参観者の頭ばかりです。

大嘗宮は、悠紀殿と主基殿及び廻立殿は、黒木造りと呼ばれる皮付丸太をそのまま使用する古代の工法そのままの簡素な造りだそうです。
約十億円の国費をかけて建設された社殿は、一般公開終了後に解体されました。

会場中心から離れると、やっとぎゅうぎゅうから解放されました。
3時間近くの行程でした。

大嘗宮は平安時代から令和に繋げられてきた壮大な建築展でした。